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はなもかたなも

花も刀も

山本 周五郎

「税のしるべ」大蔵財務協会、1955(昭和30)年1月~7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,364 字 · 178 页

青空文庫

幹太郎は前へ出ながら、「待て、話すことがある」と云った。

「おちつけ、野口――」と、呼びかけたとき、向うは身をひるがえして、鼬のようにすばやく、闇の中へ逃げ去っていった。

幹太郎は持っている懐剣を、無意味にゆらゆら振りながら、やや暫くどうしようかと迷っていたが、これから追っていっても、すなおに話は聞かぬだろうと思い、諦めて住居へ引返した。

明くる朝――時刻になっても野口重四郎は稽古に来なかった。少年の門人を迎えにやると「昨夜から姿が見えない」という返辞だった。幹太郎は上村と伊勢に道場のことを頼み、監事の白川久三郎を自分の居間へ呼んだ。

幹太郎は昨夜のことを話し、懐剣をそこへ置いた。

「前後の事情から判断すると、たしかに野口とその婦人だったように思う」

「おそらくそうでしょう」と、久三郎も頷いた。

幹太郎は「困った」と呟き、重四郎が帰るまで、夜中脱出したことを隠す法はないだろうか、と相談した。久三郎は頭を傾けて、

「そんなふうだとすると、戻って来ないのではないかと思うが」と答えた。

「婦人のほうはどうだろう」

幹太郎が訊いた。

久三郎も同じことを心配していたらしい。