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はなもかたなも

花も刀も

山本 周五郎

「税のしるべ」大蔵財務協会、1955(昭和30)年1月~7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,364 字 · 178 页

青空文庫

「わかりません」と、首を振り「とにかくたしかめて来ます」と云って立っていった。

久三郎はすぐに戻った。

はっきりわからないが、どうやら女も出奔したらしい、と久三郎は云った。重職だから、うっかり公表はできないだろう。その家の召使に訊くと、早朝から家士が幾人も市中へ出ていった、と告げたそうであった。

「では二人はいっしょだろうか」

「そうでしょうね」と、久三郎は頷いた、「昨夜お会いになったとき、二人で出奔するところだったのじゃありませんか」

「ばかな男だ」幹太郎は発止と膝を打った、「まだ二十という年で、才能も将来もあるのに、人の妻と駈落ちなどしてどうするつもりだ、これで一生がめちゃくちゃじゃないか、ばか者」

ばか者と叫んだとき、幹太郎の眼から涙がこぼれおちた。

久三郎は「野口の友人と相談してみます」

と、座を立ち、なにかあったらすぐに知らせる、と云って去った。幹太郎は懐剣(それは備前物のよろいどおしを直したものらしかった)を包んでしまいながら、

――こうなったら逃げのびてくれるように。

と、心のなかで祈った。

その翌日の午後、総試合へ出る者だけ六人が、道場に残って稽古をしていると、一人の見知らぬ侍が、久三郎といっしょにはいって来て、道場の隅に立ったまま、稽古のようすを見まもった。