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はなもかたなも

花も刀も

山本 周五郎

「税のしるべ」大蔵財務協会、1955(昭和30)年1月~7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,364 字 · 178 页

青空文庫

――まだ夢中なんだ。

こんなばかげた、夢でも見ているようなことを云うほど深く騙されたのか、と幹太郎は思った。

「しっかりしろ野口、おれの眼を見ろ」と、幹太郎は云った。

彼は半刻ちかく話した。しかし、反応はまったくなかった。重四郎には彼の云うことも聞えず、そこにいる彼の姿さえ眼に入らぬようすだった。放心したような眼は、ぼんやりと宙をみつめ、唇はいつまでも垂れたままであった。

――だめだ。

幹太郎は怒りに駆られ、相手の弛緩した顔を、力いっぱい殴りつけてやりたくなった。殆んど手をあげそうになり、辛うじて、それを抑えると、立ちあがってその部屋を出た。

障子を閉めようとして、振返ると、重四郎がゆっくりと、もの憂そうにこちらを見、にっと唇で微笑した。暗い部屋の中で、仄かな片明りに浮いて見えたその微笑は、まるで幽鬼の笑いのように思え、幹太郎はわれ知らず総毛立った。

夕食のあと、白川久三郎に案内を頼んで、富原惣兵衛に会いにいった。よく話してみれば、野口を助けることができるかもしれないと思ったからである。――惣兵衛は色が黒く、痩せて、角張った顔で、眉毛は白いが、髪毛はまだつやつやと黒く、柔和そうな眼つきをしていた。