Japanische Klassiker mit Furigana
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けんなんじょなん
剣難女難
吉川 英治
Lesen Sie 剣難女難 (けんなんじょなん) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 243.807 Zeichen · 482 Bildschirme
人の飲む酒の香を嗅いでも、眉を顰めた新九郎が、境遇の転落に依るか、性格の一変か、とにかく別人のように酒に親しみをもちだした。
「なあに、酒を呑んでも大望さえ立派に成し遂げれば悪いことはあるまい。大月玄蕃を一刀両断に鐘巻自斎を一本打ち込みさえすれば文句のないことだ……」
酔後には独り云い訳のように呟くのだった。今もそうした気分の後で、新九郎はふと広い奥庭へ眼をやった。と、常に灯を見たことのない東の離亭に、黄色い灯かげが洩れている。
「はてな……」
彼はそれをジッとみつめた。そして何を耳にとめたか。
「男の声だ、この寮には拙者の他に男気のない筈だが……」
と呟きながら、ふらふらと庭下駄を突っかけて、植込みの蔭から蔭へ忍んで行った。
「おおたしかに男の声がする、それに御方もいるらしい……」
新九郎の胸さきへ、むらむらと怪しい嫉妬が燃え上がった。何の故の嫉妬か、彼は今、それさえ省ていられなかった。蝙蝠の如く、ピタリと窓の下へ身を寄せて、小障子の隙からそっと中をさしのぞくと、仄かな絹行燈の影に、骨格の逞しい総髪の男が後ろ向きに坐っている。プーンと洩れてくる酒の薫り、朱の塗膳、銀の銚子、衣桁の乱れ衣、すべてが媚いて取り散らされている中に、御方は男と向い合って艶かな笑顔を微酔に染めていた。