Japanische Klassiker mit Furigana
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ひのとびら
火の扉
岸田 国士
Lesen Sie 火の扉 (ひのとびら) von 岸田 国士 (きしだくにお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 129.467 Zeichen · 257 Bildschirme
これだけの縁故で、まつたくだれ一人知るものもないこの疎開先では、なにかといえば池内医師が最初からの相談相手であつた。歯科医から普通医の免状をとつたという人物だけに、ケンシキ張つたところのない気さくなお医者さんで、その代り、早合点とムカツ腹立ては、ちつと度が過ぎるとの評判である。
康子は、家の経済がもうこのまゝでは立ちゆかぬということを見越して、夫の指図どおり、ぼつぼつ目ぼしい持物を金や食料に替えはじめていたが、それも底が見えて来た。恒産といつては満洲にある会社の株が少しあるきりで、それこそ今では役に立たぬ。どうせ置きつぱなしのようになつているピヤノをいつそと、彼女はさほどの執着もなく売つてしまふ決心をしたのである。
東京の知合いへ話をすれば、きつと欲しがるものもいるとは思うけれど、こいつはなにしろ手間のかゝる話だ。信州にだつてI市をはじめ、市と名のつくものが五つもあるのだから、空襲の被害はなかつたにせよ、新たにピヤノぐらい置こうという家がなくはあるまい。そう考えて、ふと頭に浮んだのは、池内医師のことである。当人は無理にしても、お医者仲間にひよつとしたらと、子供の虫下しをもらいに行つたついでに、池内医師の耳へちよつとそのことをさゝやいたのが一週間ほど前のことである。