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ごくちゅうへのてがみ

獄中への手紙

宮本 百合子

07 一九四〇年(昭和十五年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,044 字 · 575 页

青空文庫

御心配下さるといけないと思って。私はいいあんばいに変調なくて居ります。神経の緊張もいくらかおさまりました。

八日はね、大した先約で出かけました、というのはお久さんのところへ。蒲田のアパートに居ります。八日が誕生日なのですって。是非来てくれと、正月に来たとき云っていたので、約束していたので多賀ちゃんをつれて出かけました。六畳のアパートで、それでも窓がひろい空と樫の木に向っていて、大きいタンスやワードローブ、茶ダンス、デスクとぎっしり。デスクの上には『焼入れと焼戻し』というような本がのっています。デスクの前のかべには「ミレーの晩鐘」の蝋刷りと子供をおぶったもんぺの若い母が馬をひっぱってゆく時かの絵がはりつけてあります。そういう住居でおひささんは私が手製の五目ずしがすきと知っているので、わざわざこしらえてくれて居りました。ハイガ米で酢がきかないの。

二時間ほど話してかえりには駅まで送って来て柵の外に立って動くまで見送って居りました。くりかえしよろしくと申して居りました。相変らず情のふかいひと。こういう天然の情のこまやかさと、ごく月並なものの目安とがこんがらかって年を経た後のお久さんを考えると、何といったらいいでしょう。