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はなもかたなも

花も刀も

山本 周五郎

「税のしるべ」大蔵財務協会、1955(昭和30)年1月~7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,364 字 · 178 页

青空文庫

その人

一

その人

一

「待て野口!」と、幹太郎が云った、「もう一本だ」

野口重四郎は肩で息をし、竹刀を取り直したが、もう力を出しつくしたとみえ、竹刀は大きく揺れていた。

夏六月の下旬、陽はすでに落ちて、広い道場の(みがきこんだ)床板が、武者窓から斜めにさしこんで来る残照をうつして冷たく鋼色に光っている。道場の一隅に、上村弥兵衛と伊勢万作の二人が、幹太郎と重四郎の稽古を見ていた。

「どうした野口」と、幹太郎が云った。

すると、重四郎は竹刀を構えたままよろめき、どしんと尻もちをつくなり、面を外して、いまにも死にそうに喘いだ。

幹太郎は竹刀をおろした。彼は籠手だけ着けた素面であるが、稽古着は汗がしぼれるほど濡れていた。彼は近よっていって、重四郎の肩をやさしく叩き、上村と伊勢のほうを見返りながら、「みんなきついらしいな」と云った。

「どうだ伊勢、上村」と、彼は二人を見た。

「そんなにこたえるか」

「こたえますね」と、伊勢万作が云った。幹太郎は頷いた。

「本邸の総試合まで、あと一月あまりだ」と、彼は云った。

「出るのは七人だが、勝負はこの三人だと思う、そこもとたち三人は上位までゆく、ことによると勝ち抜くかもしれない。