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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
07 一九四〇年(昭和十五年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,044 字 · 575 页
今考えてみれば祖母は一彰さんというあととりとけんかをして、秘蔵娘の住んでいたとなりに小さい家を借りて住んでいたのですね、そしてその婿さんに一文なしにさせられたというわけでしたろう。法学博士でしたからそういうことに通暁している由、よく親族会議からかえっては母がおこっていました。
そんなこと思い出して市電にゆられて行ったら、四国町という停留場がありました。四国町もやっぱりあっちこっち向いてひろがっているのね。東電について右へ曲ると町並はすっかり裏町めきますね、あのあたりは。更に左へ入ると下うけ工場の小さいのが軒並です。薄暗いところに真黒に油じみた工作場が口をあけていて若いものが陰気に働いています。そこを行ってタバコやを曲ると、町並は一しお細かくなって、こまごました日暮しの匂いを漂わしています。駄菓子ややなんかある。そこを一町ほどゆくと右手にすこし大きい西洋建があって目をひきます。そのとなりに古風な黒板塀の家があって、黒板塀の上から盛りの百日紅の花がさし出しています。その町すじに黒板塀の家なんかたった一軒、そのお医者さんのところだけです。なかなか一風ある家のたたずまいでしてね。