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にっき

日記

宮本 百合子

08 一九二二年(大正十一年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,285 字 · 204 页

青空文庫

十月三十日

自分を静観すること、空想をめぐらすこと、其等は、たった一人で居ないと、どうしても他から乱されると感じずには居られないのである。

三年ぶりで自分の部屋を持ち、うれしさかぎりなし。ただAが此処で眠るのはいやなり。

十月三十日(月曜)晴

暖く心持のよい朝。私共は自分達の結婚第四回目の十月三十日を迎えた。今までのうち、今日ほど、笑声の多かった記念日はなかっただろう。三月ばかり前頃の心持を考えると、今日二人で笑顔をし乍ら此日を迎えたのが奇跡のように思われる。奇跡は此世にあり得る! 不合理の合理であり得るのが、尊い人間の生活だろう。朝のうちAは小鳥の籠を掃除し、午後から玉川へ歩きに出かけた。ずうっと小供のうち、非常に遠い電車を玉川までのり、柿の赤く熟したのを売って居る堤の腰かけ茶屋の前を通ったのを覚えて居る。今大きな構えをした本式の茶屋が軒をつらねて居る。河水はさすがに清く、空気はすがすがしく、河原の砂に腰かけて居ると、のどかな気分になった。かえりに吉田さんの新居を見、夕飯は家でする。

近頃どうかして食慾なく、疲れを覚えるので、食前、ブドー酒を小盞に※(3分の1、1-7-88)ほどのんだら、顔がのぼせたように、あつくモタモタとし、ちっとも深くすずしく物を考えることが出来なくなってしまった。