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にっき

日記

宮本 百合子

08 一九二二年(大正十一年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,285 字 · 204 页

青空文庫

三月二十一日

即ち、此全部か、絶対の無、比較してあれよりか此と云う心持ではない。此心持は、勿論、自分の弱点を深く自覚したからにもよろう。が又、その男に対する愛がおろそかなものではない証挙だろう。

サッカレーのヴァニティー・フェアは、かつて一寸目を通したときと又異った愛と、真実とがこもって居る。ああ云うものをよむには、やはり或程度まで大人にならなければならない。

三月二十一日(火曜)晴

まるで心づかなかった休日、

A、鳥のせわをし、橋川氏への原稿を書き、誰か来そうだと云って居ると、思いがけず、武井大助氏夫妻来訪、

留守中自分が折々手紙をあげたのをよほど心持よく感じられたのだろう。夫人ひどく日にやけ年とって見えた。

夜、けいおうの生徒三人お菓子を持って来る。

ドンキホーテにかかる。

ヴァニティー・フェアをよんでも思うことだが、昔の人と、今の人間と、とどのつまりの人格価値標準はちっとも異っては居ない。けれども、作家がそれをとりあつかう場合、何かひどくもととは異った分解と帰納とがあるような心持がする。自由人と云うような感念をあの時代の人は、我々のように、純粋にそれ丈感じず、部分的な、正直、熱誠、落付きなどと云う諸徳目を認め、総合したのではなかろうか。