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ごくちゅうへのてがみ

獄中への手紙

宮本 百合子

07 一九四〇年(昭和十五年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,044 字 · 575 页

青空文庫

こっちから「いくらよこせ」なんぞとは云わない。だが、自分の方法に疑いが一寸でもあるならよそへ行ったがよかろう、そういう気分が、黒板塀に語られているようにも感じられました。なかなか明治ながらの角燈なんて趣味のはっきりしたものであります。家というものは本当に性格的ね。この目白の家なんか、やっぱりひとが見たら何か性格が語られているのでしょうね。

三田の通りをすこし行って、左へ細い道を折れて行ったら田町の駅の前へ出ました。何と鮮やかにベロアの帽子が思い浮んだでしょう。私がパナマのつばのひろい帽子をすこし斜めにしてかぶって、駅前のこっち側に動いていたとき、ひょっと見たら、反対の側に立って人通りを何となし眺めていらした、あのままの駅前の通りにかーっと残暑の日光が照っています。

ひろい車道のこっち側に、やっぱり小さいソバ屋があって、支那そばの鉢が浮びます。すべてが異様にまざまざとしています。私はオリーヴ色の傘をかざして、十年昔の光景を通りぬけます。これらすべて何と奇妙でしょう。そして私はふっと考えるの、自分はこんなにさっきのように覚えている、そんな風に果してあなたが覚えていらっしゃるようなことだったのかしら、あなたにとって、と。