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みやもとむさし

宮本武蔵(五)

吉川 英治

吉川英治『宮本武蔵(五)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:宮本武蔵、宮本武蔵。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 508,883 字 · 1017 页

青空文庫

菩提一刀

一

三界のほこりや芥の大河も遠く霞の下に眺められ、叡山の法燈鳥語もまだ寒い木の芽時を――ここ無動寺の林泉は寂として、雲の去来のうえにあった。

「……与仏有因

……与仏有縁

……仏法僧縁

……常楽我常

……朝念観世音

……暮念観世音

……念々従心起

……念々不離心」

誰か?

無動寺の奥まった一間のうちから、誦すともなく唱うるともない十句観音経の声が――声というよりはおのずから出る呟きのように漏れてくる。

その独り語は、いつのまにか、われを忘れたかの如く高くなり、気がつくとまた、低くなった。

墨で洗ったような大床の廻廊を白い衣を着た稚児僧が、粗末な御斎の膳を眼八分にささげ、その経音の聞える奥の杉戸の内へ持って入った。

「お客様」

稚児僧は、膳を隅へおいた。

そしてまた、

「……お客様」

膝をついて呼んだが、呼ばれた者は、後ろ向きになったまま背をかがめており、彼の入って来たのも気づかない様子なのであった。

数日前の朝――見るかげもない血まみれな姿して、剣を杖に、ここへ辿りついて来た一修行者。

といえば、もう想像がつこう。

この南嶺から東に降れば、穴太村白鳥坂に出るし、西に降ればまっすぐに修学院白河村――あの雲母坂や下り松の辻につながる。