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みやもとむさし
宮本武蔵(五)
吉川 英治
吉川英治『宮本武蔵(五)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:宮本武蔵、宮本武蔵。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 508,883 字 · 1017 页
六
すると、菰の十郎は、びくっと眼を開いたが、小次郎の訊ねたこととも、この場合の事件とも、まったく関聯のないことを、臨終の息で、泣くように呟いた。
「おっ母あ、……おっ母あ……ふ、ふ、不孝を」
きのう、彼の血の中に浸みこんだばかりの「父母恩重経」が、破れた傷口から噴きこぼれたのである。
――小次郎は知らず、
「ちいっ、何をくだらぬ」
と襟がみを突き放した。
六
――と。何処かで、
「小次郎どのか。小次郎どのかよ」
と、お杉ばばの声がする。
声をあてに、駈け寄ってみると――これも無残な。
下水溜の中に、ばばは墜ち込んでいるのだった。髪や顔に、菜屑だの藁だのこびりつけて、
「上げて下され。はやく、上げて下され」
と、手を振っている。
「ええ、この体は、いったい何としたことだ」
むしろ腹立ち紛れである。力まかせに引ッぱり上げると、ばばは、雑巾のようにべたっと坐って、
「今の男は、もう何処ぞへ走ってしもうたか」
と、小次郎の問いたいことを、却って問う。
「ばば! その男とはそも、何者なのだ」
「わしには理が分らぬ――ただ先ほども、途中で誰か気づいたが、わし達の後を尾行て来たあの人影に違いない」