Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
こどもふどき
こども風土記・母の手毬歌
柳田 国男
Lesen Sie こども風土記・母の手毬歌 (こどもふどき) von 柳田 国男 (やなぎたくにお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 142.761 Zeichen · 278 Bildschirme
ことに国語のうるわしい匂い・艶・うるおいなどは、かつて我々の親たちの感じたものを、今もまだ彼らだけは感じているように思う。こういうところに歴史を学ぼうとする者の反省の種が潜んでいる。
どうしてこのように無心な者の言葉が、聴けば身に沁むのかということを考えて見るのもよい。風のない晩秋の黄昏に町をあるいて、
大わた来い/\まゝ食わしょ
まアまがいやなら餅食わしょ
という歌を聴いて、涙がこぼれたことも私にはあった。或いは白髪の翁が囲炉裏の脇で、膝の子の小さい手をおさえながら、
ひいひいたもれ
火が無い無いと
この山越して
この田へおりて
などと歌ってきかせているのも、単なる昔なつかしの情を超えて、我々を教訓しまた考えさせる。火もらいは燧石の普及よりも、もう一つ以前の世相であった。それが奥州の昔話や信濃の山村の子守歌だけには残っている。老人の記憶にはまた一つもとの子どもがある。言葉が面白いために消えてしまうことができなかったのである。霞ヶ浦の湖岸の村にも、
ひいころ火ころ
火は無い無いぞ
おばたの下で云々
というような歌がある。東京では年少の者を罵るのに、ヒイヒイタモレという語があった。