Japanische Klassiker mit Furigana
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こどもふどき
こども風土記・母の手毬歌
柳田 国男
Lesen Sie こども風土記・母の手毬歌 (こどもふどき) von 柳田 国男 (やなぎたくにお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 142.761 Zeichen · 278 Bildschirme
に見えている。神の依りたもう木から我々の中へ尊い言葉を伝えるのが子どもの役であり、それがまた正月の御祝い棒に言葉を神聖にする力が籠るとした古代人の理由かと思う。
しかし小児はそんな古い由緒を知らない。それに親たちの心持までは呑みこめぬ者が多いので、いつしかこの特権は濫用せられるようになった。一方にはこれを詮もないことだとあざ笑うような気風も、夙く文化の中心地には起っていたのである。安楽庵策伝の『醒睡笑』は、元和年間に書き上げたという笑話集だが、その中には「祝ひ過ぎるも異なもの」という題で、そのような例が数多く出ている。
曰く鍛冶屋の長佐といひて西洞院にありし。物いはふこと人に過ぎたり。年の暮に孫の七八つなるを近づけ、元日にわが顔を見、日本のかなとこは皆ぢいのかなとこぞといへと懇ろに教へし。あくる朝、やれ松千代、昨日のことはといふ時、日本のかなしみは皆ぢいのかなしみやといへり。
今でもこれに似た笑い話は、ぼつぼつと生まれつつあることと思う。無心な小児の言葉には思いがけぬ啓示のあることも事実だが、あんまりそれに重きをおいていると、時々は興のさめるようなことにも出遇うので、まして西洞院の鍛冶屋の隠居のように、わざわざ工作を加えたのはたいていは結果がよくない。