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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页
学問というものは、私などの解しているところでは、その利得が自分の一身に止まらず、社会を今までよりも賢くすることでなければならぬ。すなわち弘く人間の智慧の水準を高めることを目的とすべきものである。現在はちょうど世の中の一つの変り目で、古い仕来りと新しい思索とが抵触して、かつては直面しなかったいろいろの生活問題の、解決を今明日に迫られているものが多い。それを全然男たちに任せ、ないしは彼らの迷いまた誤まるのを、じっと坐視するだけが女の役かどうか。或る問題は職務に疲れきっている人々の手から引取り、または少なくとも良い考え、新しい見方を暗示することが、女には全然できないものと運命づけられているかどうか。賢明なる先覚者の再思三慮すべき点はここにあるのである。婦人参政権の問題は、御承知のごとく今は少し下火になっているが、やがてまた起こるにきまっている。今日の婦人は、またその教育方法は、はたして国の政治に参画して、女でなくてはできぬような社会奉仕を、なし得るだけに支度せられているかどうか。是が私には非常に気になるのである。
是は男の普通選挙も同じことで、女にも国事人事を憂えしめようという説は、理論として誰もこれを拒む者は無い。