轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

もめんいぜんのこと

木綿以前の事

柳田 国男

木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页

青空文庫

三

慣習は多くは古いものであるが、それとても不変常在のものではなかった。何か偶然の機縁で始まったことが、次第に悦び迎えられて確乎たる先例を作り得たのである。いずれにもせよ食事回数の増加は新しい現象であって、しかもその普及によって意外なる変化を我々の生活に及ぼしたことは確かである。ヒルマや小ビルマはもとは限られたる日の食事であり、また特別の調理に成るものであった故に、用途は褻であったけれども、人に晴の食物のような好い印象を与えた。それから今一つはいずれも分割と運搬とを許す食物であったために、他の多くの雑餉と同様に、次第に共同食事のいろいろな拘束から、独立して発達することになり、その結果はついに家々または各個人の食物選択の自由を、促進する動力ともなり得たのである。

三

元来食物の褻と晴との差別は、必ずしも材料の優劣を意味してはいなかった。晴の日の食物とても皆うまい物とは限らず、常の日以下のものさえ折々は用いられている。たとえば稲苅り終って後の農神祭には、土穂餅またはミヨセ団子などと称して、仕事場の臼のこぼれを掃き寄せたものを食料とし、夏のかかりの水の神祭には、小麦の粉をこねてボロソ餅などを製している。