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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页
古宇利島の物語
なかった世の中において、すでに用いられていた配偶選定の、至って真面目なる方式であったことを知れば、他の記録が無い以上、是をでも間接の資料としなければならぬのである。
古宇利島の物語
沖縄ではその昔八郎為朝が上陸したという運天の港の外海に、古宇利と呼ばるる一つの島がある。至って水の乏しい畠ばかりの裸島であるが、島の名に依って記憶せられる遠い神代の昔語りがあるそうだ。島人の元祖は兄妹二人のはらからであったが、爰を人間の島にするために、霊鳥に教えられて夫婦の縁を結んだ。それ故に今でもこの島を古宇利と謂うのだとある。「こひ」をコウリとラ行に曲げるのは、沖縄の動詞の語法であって、文語で書くならば恋の島ということになるのである。
是と同じ物語はすでに中世の書物にも、土佐の妹背島の由来として著録せられている。さらに南西の島々にも尋ぬればその例なしとせず、中にも台湾の山地に割拠する蕃民に至っては、ほとんと部落ごとにこの口碑を保存している。素朴単純なる推理法において、人類の起原をインセストに托するは自然であった上に、彼らの間にはまたノアの箱船と同じように、世界が大水になって神の思召しに叶うた者のみが、生き残ったという信仰さえあったのである。