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もめんいぜんのこと

木綿以前の事

柳田 国男

木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页

青空文庫

四

小家の侘しい物の香も、源を辿ればこの木の御器のなげきであった。その中へ米ならば二合か三合ほどの価をもって、白くして静かなる光ある物が入って来た。前には宗教の領分に属していた真実の円相を、茶碗というものによって朝夕手の裡に取って見ることができたのである。是が平民の文化に貢献せずして止む道理はない。昔の貴人公子が佩玉の音を楽んだように、かちりと前歯に当る陶器の幽かな響には、鶴や若松を画いた美しい塗盃の歓びも、忘れしめるものがあった。それが貧しい煤けた家の奥までも、ほとんと何の代償も無しに、容易に配給せられる新たな幸福となったのも時勢であって、この点においては木綿のために麻布を見棄てたよりも、もっと無条件な利益を我々は得ている。しかも是が何人の恩恵でもなかったが故に、我々はもうその嬉しさを記憶していない。偶然とは言いながらも是ほど確乎たる基礎のある今日の新文明を、或いは提督ペルリが提げてでも来たもののように、考える人さえあったのである。

四

木綿の威力の抵抗し難かったことは、或る意味においては薩摩芋の恩沢とよく似ている。この藷なかりせば国内の食物は夙に尽きて、今のごとく人口の充ち溢れる前に、外へ出て生活のたつきを求めずにはいられなかったろう。