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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页
七
要するにこれらの食物が、ぜひとも一定の姿にこしらえぬと、晴の日の食物とするに適しなかった理由こそ、まず考えてみるべきものである。
七
是はおそらくは我々の祖先の食物に対する観念の、今よりもはるかに精神的であったこと、もしくは生存というものの意義を、ずっと物質的に解していたこと、別の語で言えば体霊一如の考え方であったことを意味するかと思うが、その点は深く入って行く必要もまた能力も私には無い。社会経済史学の立場から言っても、この日本の餅なり団子なりが、かくも平凡きわまる毎日の食事となってしまったのには、いまだ究められざる文化史上の大いなる動力、殊に近世における複雑なる変遷が、原因であったということを認めるをもって足るかと思う。糯米という一種の稲がいつから日本に存在し、またどういう足取りをもって普及し且つ増産したかということも、経済史の一つの題目に相違ないが、仮にその者が夙く我々の農村にあったにしても、是を非常に旨いものだと経験した機会は、そう容易には出現しなかったはずである。それにはまず今日のような餅の搗き方の起こることを条件とし、しかもその搗き方は至って新しいものであった。