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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页
七
この際にあってその不幸な後家たちを泣かしめざらんとするには、何かまた別様の条件が伴のうていなければならなかったことは、今日からでもおおよそ推測することができるのである。
七
近世大小の諸藩においては、競うて孝義伝という種類の書物を公刊して、表彰せられたる節婦孝子の篤行を伝えようとしているが、これを読んでみてもただちに感じられるのは、後家暮しの立てにくかったこと、殊に水田地方の農業において、それが至難であったということである。いくら男勝りの寡婦だと言っても、到底女の手に合わぬ力わざが米作には多かった。その中でも牛馬を飼って代起しや整地をする処では、女性が稲を栽培するということは、ほとんと断念すべき荒仕事であった。そこで一門に確かな者があり、または村の長老が慈悲深い者ならば、ようやくのことで僅かの畠などを作らせてもらい、その他は日傭とか手伝とかの収入をもって生計を補充し、よく貞操を守って子どもの一人役になるまで、持田を失わずに取りつづくことを得たのであるが、それには何よりも村の普通の農場に、こうした女の中途半端な労力を外部に求める必要があるか否かが先決問題であった。