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もめんいぜんのこと

木綿以前の事

柳田 国男

木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页

青空文庫

五

すなわち前には回転せぬ棒をもって打っていたのが、これに由って始めて腰を曲げずに、藁やその他の穀を打つことができたのである。尤もこの改良の中間に今一つ、棒の片仮名のヘの字のごとく屈曲したものを使って、その背中をもって打っている者もあった。つい近ごろも信州の上伊那郡でそれを見かけた。真直ぐな棒を使うよりはずっと楽で、是だけでも大きな改良であった。発明は事後に回顧すれば何でもないようなものが多いが、その変り目に当って当事者の味わい得る愉悦は大きなものがある。いわんや振打返しのクルリ棒に至っては、仕事に調子がついて歌に乗りやすく、多人数で共に働くときは若干の興奮をさえ感じ得られる。始めて是を用いた時の満足は、或いは唐扱箸以上であったろうと思う。ただし作業の功程の上には、そう大きな進歩でもなかった。これは農事改良の主として苦痛を軽減し、またむしろ共同の作業を便利にした例であって、同じくカラの字の附く新意匠であっても、いわゆるカラハシの方とは著しい相異であった。

五

カラハシの効果は是と反対に、非常なる労力の節約であった。すなわち孤立農業の存立のために、とくに大いなる便宜を供するものであった。