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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页
一三
それからなお一段と遠方の売買には、高野聖という旅僧が参与した時代もあった。高野聖は一名を呉服聖とも謂い、江戸の呉服町などはこの呉服聖が開いたと、『慶長見聞集』という書には出ている。とにかくに町は男がこしらえ、女はそこへ出てくるともう是という用が無くなっていたので、何か不幸な女でないと内職はしなかった。
一三
独り外部と交渉ある生産事業のみと言わず、家の中の直接消費に供する生産についても、女の役目は減る一方であった。たとえば舂女はもと籾から米にする作業にまで関与しておった。三本の手杵で調子を取り唄を歌って、儀式の日の米を精げ、それをさらに小搗いて粉にはたくのも、彼女らの手わざであった。穀粉の方は後に石臼を挽くようになっても、なお女性の労働であったけれども、米搗きは杵が大きな横杵に変ると、水車以前からすでに男に任せきりになって、その臼唄だけが「つく」という動作の関係から、小娘の手毬唄なんかになってまだ残っている。食物の家でととのえるものは、飯以外にも数かぎりなく多く、是にこそ刀自の口伝と工夫とが光を放っていたのであった。ゴールドスミスの「荒村行」の詩にも見えているように、旧家には独得のおいしい漬物類が、評判となって伝わっていた。