轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页
三
一旦声息の相通ずるに至れば、同じ国土に生まれてまだ幾代とも隔てない我々に、理解と感動との得られないはずは無かったのである。それが風俗慣習の僅か片つらの変化の故に、かくまで物遠く眺められていたのは不自然であった。歴史を一つの温か味のある学問とするためにも、我々はもう一度、古今の俳諧を見直さなければならなかったのである。
三
連句の不可解になって来た今一つの理由には、時代が改まって人の注意が脇にそれたということもあった。それを裏から言うと、この今人から敬して遠ざけられているものの中に、かつてはさしも痛切であった人生の断片が、もう忘却せられて封じ籠められているのであった。それがいかなる種類の経験であったろうかを、知るだけならばそう難いことでもない。数多い俳諧の巻々を見渡して、終始咏歎の目的となっていた問題は限られている。それが我々の陰に陽に、今なお思い悩んでいる社交感覚、殊に血縁の恩愛義理、または男女の仲らいというがごとき、古今を一貫した不変の法則でも有るように考えられているものであって、しかも瞬く間ばかりの時の経過によって、早くもこうした暗中摸索を事としなければならぬに至ったということは、それ自身がまず興味多き一つの発見であった。