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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页
二
二
酒は末法時代の濫用妄用が起こる以前、飲むべき者に必ず飲ましめるのが一つの式であり、勧酒の歌はすなわち作業歌の一種であった。従うて是に参与する女の役目は、思ったよりもむつかしいものであったのである。彼らを兵馬の間に伴ない得ざるために、眉目清秀なる少年をしてこれにかわらしめた世の中になっても、肴をするというのは扇を膝にして歌うことであり、または起って一さし舞うことであった。この風は今でも正式の饗宴には伝わっている。決して埃だらけの刺身や蒲鉾を、むしゃむしゃ食うばかりが肴ではなかったのである。座客が日ごろ親しみの無い他郷の人であり、もしくは作法を弁えぬ武骨者ばかり多くなると、ただの女性はいよいよその任務に堪えず、次第に専門の修練を経てきた者にこれを委ねる傾きが、都市には著しくなってきたのである。
この酒礼は田舎ではなおしばらくは厳重に守られていたようである。常に酒甕に酒の貯えが無く、これを用いる機会がきわめて限られていたという以外に、席に列する者が互いに心を置かぬ人たちであって、歌を声高く歌っても、蓮葉とも何とも思われる懸念が無かったからである。酒宴を我々の国語でウタゲと謂った心持は、女性の最も熱心なる参与が無ければ、実は理解することのできぬものであった。