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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页
是は普通の働きのほかに、別にもう三筋だけ余分に、毎日心を籠めた白糸を紡み貯えて置くので、それが老いたる父母のあの世へ着て行く着物になったのである。或いは親々はそれがあまりに嬉しいので、ちょうどその一反の織り上がる頃には、自然に快く死んでしまう気にもなったろうかと思うばかりである。歴代の女たちがわが子のためまたはわが夫のためにも、是は彼に着せる布と、心に念じつつ糸を引いていたことは察するに難くない。そうでなければ大昔神に仕えた清い女が、泉のほとりに忌機殿を建てて、三月二月その中に忌籠りして、神の衣を織っていたという伝説は、これを理解することができぬのである。是と同じような心持は、今でもまだ幽かに田舎には残っている。嫁入する者が男の帯を織って持って行く風は南の方の島にもある。織るとは言っても組紐のようなものだから、持ってあるいて何処ででも織りつづけたかと思う。私も二十何年か前に、日向の或る山村を旅行してそういうのを見た。ちょうど盆の休み日であったが、五軒三軒と人家のある処には娘たちが集まって、手に手に何か白いものを持っている。近づいて見ると幅三寸足らずの、木綿真田紐を組んでいるのであった。