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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页
必要な農民を勇敢にし、海で死に或いは海で栄える者が、今よりも遥かに多かったはずである。しかし藷が来た以上は作って食い、食えば一旦は満腹して是でも住めると思い、貧の辛抱がしやすくなって、結局子孫の艱難を長引かせたとも見られるが、さればとて遠い未来の全体の幸不幸を勘定して、この目前に甘く且つ柔かなる食物の誘惑を却けることは、人が神であってもできないことである。木綿の幸福には、是ほど大きな割引は無かったが、仮に有ったとしてもなお我々は悦んでこれに就いたであろう。それがまた個々別々の生存をもつ者の、至って自然なる選択である。久しい年月を隔てて後に、或いは忍び難い悪結果を見いだしたとしても、これに由って祖先の軽慮は責めることはできぬ。ただ彼らの経験によって学び得る一事は、かように色々の偶然に支配せらるる人間世界では、進歩の途が常に善に向かっているものと、安心してはおられぬということである。万人の滔々として赴く所、何物も遮り得ぬような力強い流行でも、木が成長し水が流れて下るように、すらすらと現われた国の変化でも、静かに考えてみると損もあり得もある。その損を気づかぬ故に後悔せず、悔いても詮がないからそっとしておくと、その糸筋の長い端は、すなわち目前の現実であって、やっぱり我々の身に纏わって来る。