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もめんいぜんのこと

木綿以前の事

柳田 国男

木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页

青空文庫

シンコに比べると餅の方は殊に細工を施し得る間が短い。故に今では丸餅や熨斗餅などの、至って単純な物しかできなくなったのである。是が生粉であるならばゆっくりといかなる形の物をでもつくね上げ得たのは当然である。問題はいわゆるオスガタを作る手段よりも、いかにしてそういう色々の物の形を、現わさなければならぬと考えたかの、動機如何という点に存在する。注意をして見ると我々の晴の日の食物は、単に是がために時と労とを費しただけでなく、その形態にも幾通りかの計画が有り意匠があった。一つの顕著な例は三月の桃節供に、必ず菱形の餅を飾ることである。是を桝形の餅とも称して、奥州では正月に人の家に贈る餅の、定まった一つの形となっていた。出羽の方の正月には、昔からヲカノモチというものが、家族一人に一つずつ作って歳棚に飾られていた。是は楕円形で中程に指で窪みを附けたものであるという。東京でも婚姻の祝に配る鳥の子または鶴の子というのが、一部分是と似ている。つまりそれぞれの機会に対して特殊の形というものがあって守られたのである。その中でも特に私たちの注意しているのは、五月端午の節供に作られる色々の巻餅が、必ず上を尖らせた三角形に結ばれたことである。