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もめんいぜんのこと

木綿以前の事

柳田 国男

木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页

青空文庫

家に火処がたった一つであった時代には、是は決して容易の業でなかった。それ故に火の取持ちが優遇を意味し、一方には又次第に私たちの謂う火の分裂を引き起こしたのである。建築技術の進歩もまたこれを促している。住居の変化の主要なるものは、一つには客来が頻繁になって、そのために毎回仮屋を建てることができず、できるだけ主屋と合併しようとしたことである。いわゆる出居は拡張せられて客座敷というものができた。それから紙の利用が自由になって、明り障子や唐紙の間仕切ができ、家の中の区画が立って食物はようやく統一を失った。すなわち常の日の共同の飲食が、次第に主人子女のみの居間の食事となり、小鍋立ての風を誘うに至った。晴の日の食事の比較的簡単なものを、いつでも食いたい時に製して食えるように、小鍋とか火鉢とかいうものが普及したのである。白河楽翁の『女教訓書』を見ると、まだあの頃までは小鍋好みは悪徳であった。留守ごとと称して主人の不在中に、珍しい食物をこしらえることは不貞であった。それが久しからずして公然と是を褻に混じてしまったのである。この点は男でいうならば酒や歌舞の楽しみ、女でいうと紅白粉の飾りも同じことで、本来はいずれも年に一度か二度の、晴の日のみに許されることであったのを、自由に任せて毎日のごとくこれを受用し、結局は節日や祭の