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もめんいぜんのこと

木綿以前の事

柳田 国男

木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页

青空文庫

その大盃が三つ組五つ組になっていたのは、つまりはその一々の同じ盃で、一座の人が順々に飲みまわすためで、三つ組の一巡が三献、それを三回くり返すのが三三九度で、もとは決して夫婦の盃には限っていなかった。大きな一座になると盃のまわってくるのを待っているのが容易なことではない。最初は順流れまたは御通しとも称して、正座から左右へ互いちがいに下って行き、後には登り盃とも上げ酌などとも謂って、末座の人を始めにして、上へ向かってまわるようにして変化を求めたが、いずれにしてもその大盃のくるまでの間、上戸は咽を鳴らし唾を呑んで、待遠しがっていたことは同じである。この一定数の巡盃が終ると、是でまず本式の酒盛りは完成したのであるが、弱い人ならそれで参ってしまうとともに、こんなことでは足りない人も中には居る。それらの酒豪連をも十分に酔わせるために、後にはいろいろの習慣が始まった。お肴と称して歌をうたい舞を舞わせ、または意外な引出物を贈ることを言明して、その昂奮によってもう一杯飲み乾させるなどということもあった。亭主方は勿論強いるのをもって款待の表示としておって、勧め方が下手だと客が不満を抱く。