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もめんいぜんのこと

木綿以前の事

柳田 国男

木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页

青空文庫

がその語原を「乞ふ」という動詞と同じくしていることは、多分もう誰かが説いていることと思う。単語はいずれの場合にも時と社会との事情によって分化するものであった。一方の「乞ひ」が終始我々の挙動の種別としてしか用いられず、はかばかしい語形の変化をも示さなかったに反して、この男女の仲らいに限られた「こふる」という一語のみは、用途が区々であり記憶と想像との必要が多かったために、夙く名詞を生じ、またややおくれて形容詞化した。しかも有る限りの人間が、止めどもなくこの一語を使役していたのである。部落が恋愛のただ一つの活動場であり、妹と背は朝宵に袖を連ね、面を看かわして過し得る人生であったならば、恋と名を附して考えなければならぬ場合もすでに少なく、まして恋しきという形容詞などは、新たに作り出す機会とても無かったろう。ところが是と全く反対であったのが我々の歴史である。男の仕事は野山にあり海にあり、または遠々しい旅の空にあった。そうでなくとも若い人たちは、前の家刀自が家を支配する限り、昼は別れて山鳥の生活をするように、日本の婚姻制はできていた。恋が何ものよりも豊富なる文芸をもって、詠歎せられた原因の主要なる一つは爰に存する。