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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页
実際また支那人から、間接に学んだものかも知れぬ。鎖国時代でも農書だけは自由に輸入せられていた。そうして支那農民の技術には、今日でもまだ敬服すべき巧妙さが認められるのである。日本今日の農法の中にも、自国かぎりの発明工夫は絶無とは言われぬが、他の大部分は外から採用せられたものである。直接教えてくれたのは同胞隣人であっても、中にはこのように数千里、数千年の旅をして来たものもあるのである。
ただしこのいわゆる文化伝播には条件があった。一つには学び得る智能であり、二つには学ばねばならぬ経済上の必要である。縁が無ければ在っても知らずにいることもあるのは、つまりはこの条件の具足せぬためで、今日しばしば問題となるところの、模倣と採択との岐れ目もまた爰にあった。尤も中には必要があっても、採用し得られない他の事由のある場合もあれば、また無意味に真似をしているうちに、自然にその恩恵を味わい得るに至ることもあるが、少なくとも昔話によくいう鴉に鵜の真似をさせようとする類の新技術の輸入が、永くその効果を挙げ得なかったことは明らかである。
この意味からいうと、いわゆる唐扱箸の発明ないし普及という事実は、非常に興味の多い経済史の問題を提供する。