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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页
九
ゴゼンはまたオマヘとも謂って、或いは此方が一つ古いかも知れない。やはり嫁迎えのことを熊本県その他で、オミャトリまたはオメャモツなどとも謂っている。漢字に書けば是も御前であって、もとは対称敬語であったことは是でわかる。他の府県殊に東日本の方には、オカタというのがまた主婦のことで、是も決して新しい名称ではない。中古の記録には武家の母や妻女、たとえば足利尊氏のおっかさんなどを大方殿と謂っている。多分はオカタに大を冠せたもので、田舎武士が郷里から携えてきた語だとしても、京都語の北の方や東の対などと別のものでなく、起こりは御前の「前」も同然の「御方」で、敬称であったことは疑いがない。すなわち夫がそう呼んだのが始めてと思われるが、子どもは次第に父の語を真似て、カカサマ、カアチャン一系のいろいろの呼び方が始まった。人が他人の妻をオカカだのオッカアだのと謂うのは、畢竟この舌足らずの音をまた真似したので、カカは決してハハの転訛ではないのである。
九
このオカカないしは刀自の地位は、慣習的にちゃんときまっていた。任務と権能と是に相応する尊敬とが附いていた。あらゆる若い娘たちの先途すなわち到達点、もっと大袈裟な語でいえば女の修養の目的が是にあったとこは、あらゆる若者が家長の地位を獲るのを目標に、努力したのも同じである。