轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

もめんいぜんのこと

木綿以前の事

柳田 国男

木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页

青空文庫

この婚舎の名称は三韓の古い記録にもあるが、日本に行われていたものは前の長崎茂木浦などの例のごとく、聟の家に従属せしめたものはあまり多くない。それ以外の様式には、村共同の婚舎というべきものがあった。若い二人は家に入って主婦主人の地位を相続するまでの間、夜分は茲に来て宿したのである。それよりも今一段古い形かと思うものには、婚舎が嫁の家に附属しているのがある。是も現在まだ備中西部の島々、伊予の上七島を始め、多くの土地に行われている。すなわち嫁が聟の家に入って完全なる主婦になるまで、半分は聟が嫁の家の家族になっているものである。半分というと妙に聞えるが、昼中は自分の家の田畑や網代で働き、休息の時間のみを嫁の家に送るのである。むろん二人の関係は双方の親が公認し、嫁方には聟の食器、聟の夜具などを用意するというのもある。

是が中世以前の京都上流の間にも行われた婚姻方式であったことは、『源氏物語』その他の文学に明らかに現われているだけでなく、歴世の公家の日記にもよく見えている。婚姻と同時に嫁女が夫の家に引取られることを、珍しい風儀だ近頃始まったことだと、記した日記は鎌倉時代にも見いだされる。