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もめんいぜんのこと

木綿以前の事

柳田 国男

木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页

青空文庫

がいずれの時代にも、失礼ながら婦人には常に少しずつ、右申す晋の恵帝流があった様子である。

善人ではあるが世の中のことは考えないという人がある。元はそれでもよかった。それでも良い奥さんであった。また外からもこれを当り前と認めていた。しかし今日のごとく、男子の多くがまだ公を患うるの余裕なく、純然たる個人生活に没頭して生きねばならぬという世の中になると、我々はどうしても天下万人のためにも、弘く考え得る良妻賢母を要求せねばならなくなる。最近数十年間の新しい改良意見には、いかにも女性でなくてはと思うようなやさしい考案も多かった。しかもその大部分は狭いわが家庭内の苦い経験、或いは痛切な観察に基づいている故に、一言にして言えば貧乏人には役に立たなかった。それでいて我々がまずどうにかせねばならぬのは、少数篤志の家の愉快よりも、他の大変な多数の者の幸福ということである。西洋でもかつて慈善心に富んだ奥方といった者は、二頭立ての馬車に乗って一週に一度ぐらい、小銀貨を配ってあるいた人のことであったが、日本の旧式節約にもそんな例が多かった。たとえば廃物利用といって古葉書を編んで夏座蒲団を作り、女中を渋屋に遣わして渋を塗らせる。