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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
木綿以前の事「女性」1924(大正13)年10月、何を着ていたか「斯民家庭」1911(明治44)年6月、昔風と当世風「彰風会講演」1928(昭和3)年3月、働く人の着物「旅と伝説」1936(昭和11)年7月、国民服の問題「被服」1939(昭和14)年5月、団子と昔話「ひだびと」1936(昭和11)年3月、餅と臼と擂鉢「社会経済史学」1934(昭和9)年1月、家の光「家の光」1926(大正15)年2月、囲炉俚談「文学」1935(昭和10)年3月、火吹竹のことなど「知性」1939(昭和14)年4月、女と煙草「ひだびと」1939(昭和14)年2月、酒の飲みようの変遷「改造」1939(昭和14)年2月、凡人文芸「短歌研究」1934(昭和9)年2月、古宇利島の物語「短歌民族」1933(昭和8)年5月、遊行女婦のこと「俳句研究」1934(昭和9)年4月、寡婦と農業「農業経済研究」1929(昭和4)年10月、山伏と島流し「俳句講座」1932(昭和7)年8月、生活の俳諧「第一高等学校講演」1937(昭和12)年12月、女性史学「実践女学校講演」1934(昭和9)年7月、女性史学「民間伝承」1936(昭和11)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 页
それを引き出して灰を払い落したものが一個ずつ与えられる。山村では馬上にそれをかじりながら、娘や男が朝草を苅りに出かけるのである。江戸でも以前はそういう生活があったと見えて、楽な仕事だ小さな骨折りだという意味に、「そんな事は朝飯前だ」とも謂えば、また「そんな事はお茶の子だ」とも謂っている。すなわち御茶の子は朝飯前の食事であったのである。
茶は農民の最も愛用したものと見えて、ハシマ・コバサマ・コヂウハンのことを、御茶と呼んでいる地方も甚だ多く、食事と食事との間の時間を、ヒトコマンチャなどと薩摩では謂っており、単にチャドキといえば午後三時もしくは午前十時頃を意味していた。茶とはいうけれども必ず固形物を伴ない、それも漬物の塩気ぐらいでは、働く人々は承知しなかった。オケヂャもしくはウケヂャという食物は、日本海側では越後や出雲、太平洋側では紀州の熊野、備中あたりにも分布している。或いは炒米と甘藷とを合せ炊き、または豆飯であったり茶飯であったりするが、とにかくにどこでも味附け飯のことをそう謂っている。こういう一種の食物が発明せられまた弘く行われたのである。早天のいわゆる御茶の子を除いて、その他の間食はみな御茶と謂っている。