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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「おう率八か、上がって一服吸って行くがよい」
「エヘヘヘ、お邪魔になりゃしませんか」
「なぜだい?」
「でも、いつもお見かけした事のない、美麗なお客様が働いているようじゃありませんか」
「居たってよいじゃないか、余人と違って、お前ならば邪魔にはならんよ」
「人間が甘いからでございますか。どうも驚きましたね、先生も見かけによらない色男だな」
「うふ……」と馬春堂は妙な笑い方をして箒を掛け、「率八、きょうは一杯飲ませるぜ」
「ところが、これから野暮用に行く途中なんで」
「じゃ帰りに寄るがいい、支度をして待っているから」
「ヘエ、ばかに景気がいいんですね、それにひきかえて、うちの所帯は相変らず火の車で、今もこの先の七ツ屋へ駈けつけるところなんです」
質草のはいっている小風呂敷を差し上げて見せると、率八は抜け露地を駈け出してあたふたと用達に急いで行く。
「どれ、これで春風一掃じゃ」
後では馬春堂先生、久しぶりの煤を掃き終えると、脚のあぶない茶卓台をすえ、炬燵と行燈の配置よろしくあって、
「これ、お蝶さんや、早くここへ来て手でも暖めないか。なに、お燗はわしがここで注けながら飲るとしようよ」