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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

秩父異教国

なお、九兵衛の話によると、日本左衛門も同じ夜に山越えの方角をさして落ちたというので、つい一日のばしに待っていたわけです。

ところが、九兵衛が一行に加わって以来、稲吉も日本左衛門も、遂にこの信玄の隠し湯に追いついては来ませんでした。

「稲は召捕られたな」

雲霧はこう覚りました。

「だが、親分はどうしたろうか。秩父へ越えるとすれば、当然ここを通るはずだが」

と、四ツ目屋は、時折つぶやいて、小屋の前に半日も立っていることがある。けれど、この往還ばかりは、一日立っていても、ひとりの旅人を見ることさえない日が多いのです。そして、金峰や木賊に冷たい霧がながれてくるたびに、山は秋に染められてゆきます。

「九月のなかばになると、もう金峰の上には霙が来るッていうぜ。いつまで待ち合していても果てしがねえから、明日あたりは、立とうじゃねえか」

「そうさ、親分のことだから、あのおっとりとした様子で、わざと本街道へ出たのかも分らねえ」

「それとすれや、もうとうの先に、江戸か上総へ行きついて、あべこべに、おれ達の遅いのを案じているかも知れないな」

「どっちにしても、もうほとぼりもさめたろうし、長居は無用だ、立つとしようぜ」