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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

野鍛冶の宿

野鍛冶の宿

女影と書いて「オナカゲ」と読みます。

そこは入間川と高麗川の二水にはさまれていて、幾ツもの低い岡や静脈のごとき支流の水や、同じような土橋や藪畳や森や池や窪地の多いため、ここへ足を入れた旅人は、必ず道に迷って行く所を失うといわれている。

夏は螢、秋は月、迷路の名所女影の里です。

そこに一軒の鍛冶小屋があって、今夜も夜業の槌音高く、テ――ン、カ――ン、テ――ン、と曠野の水に、すごい木魂を呼んでいました。

鍛冶といっても、無論、鎌や鋤の耕具をもッぱらに鍛つ野鍛冶でありましょう、主というのは半五郎といって、白毛まじりの髪の毛から見れば、もう年配も五十の坂をだいぶこえているらしいが、壮者をしのぐ四肢の筋肉、赤銅いろの皮膚など、そっくり鞴の焔から飛び出したような頑健さです。

それに若い時、撥ね火で怪我をしたとかいうことで、右の一眼がつぶれているため、その片目の人相が、いかにも一癖ありげに見られる。

「ああ、やッと上がッた」

と、今まで根よく金敷の上に火花をそそいでいた仕事を抛り出して、グーッと伸びをした半五郎。

「今日はすこし精が出過ぎたようだ。オイお常、そろそろ寝酒の御用意、おれはここを片づけ初めるから、奥へ支度をしてくんな」