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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
夜光走馬燈
存分に罵って、胸のすくほど相手に恥を与えたあとは、一時の清涼のあとに、やがて一種の淋しさが落ちて来る。そして、
「――二官のああいった考えも、ことによると真実なのかも知れない。いつか一度と思っていたので、わしも少しいい過ぎたような……」
と、手に聖書を持ちかけましたが、その聖書をパタリと落して、外の藪へ大きな眸を開いたまま、
「? ……」
何かにギョッとした様子。
いつか日の暮れてきた石牢の前を、落花のつむじが、小さな風の渦を幾つも巻いて流れてゆく。
夜光走馬燈
暗になれたヨハンの眼は、梟の眼のように夜になるとかがやきます。
「オー、また今夜も来ているな」
烏羽玉の暗にも、かれの眼だけには何か見えるようです。
見えるがため、かれは毎夜、安らかな眠りをとることができません。山屋敷の役人さえ少しも気づかずにいるあやかしの影を、かれのみは夜になると見ていました。
影です――人影です。
奇妙な黒衣の影、浪人体の怪しげな影、時にはまた、栗鼠のごとき敏活な男の影。
それも月のない晩に限って度々見かけますが、その目的と正体がなんであるかはヨハンにも判じがつかず、
「もしや、自分の命をねらいに来るのではないか」