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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

吹上異変

三家の詰部屋は大廊下御休息の間と唱える所です、そこに万太郎だけを控えさせておいて、義通はひとりで手に一個の塗りの箱をかかえて静かに白書院へ通って行く。

白書院には、月代の青々とした若き新将軍吉宗が微笑をもって彼を待っていました。

まず、義通から年頭の御慶をのべます。

吉宗は潤達に、「目出度い」と辞をうけてから、ここ約半年あまり引籠っていた義通に、その病状などをたずねておりましたが、ふと彼のたずさえて来た、砂子塗の立派な箱へ、怪しむような目を向けて、

「尾州殿、それへ持参いたされた品物は何であるな?」と率直にたずね出しました。

義通はその質問の出ることを待ちかまえていたように、

「は。これは、すでにお聞き及びのとおりな仕儀で、上屋敷の秘蔵より盗み出された洞白の鬼女仮面にござります」

「おウ。昨年の七夕能に使用するところであったのを、何か紛失したとやら申して、遂に間に合わなかったあの品であるか」

「文照院殿様から拝領いたしました神品で、毎年、二の丸の能お催しの場合は、必ず持って登営いたすことになっていたものを、昨年だけは不慮の禍いのため、遂に不面目ながら差出すことがならず、爾来今日まで、どれ程心痛いたしたか分りませぬ」