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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

大望

「すぐ笛につれて能がかり」

と、しきりに笛に合せ撥調べをしていますが、中にひとり立って、鎌倉舞の稽古をしているお百姓も、麦を踏み大根を抜く日にやけた素面素手で、それへ古風な衣裳だけをキラビやかに着けているところが滑稽でありました。

家のあたりをながめると、ここは武州阿佐ヶ谷村の百姓家、ただの田舎家と変りがない。

樫、榛の木、けやき、櫨。

防風林の喬木はみな薄赤い木の芽をもって、その百姓家の仏壇がある奥の部屋まで、暗からぬ陽がさしています。

およそ、武蔵野原に土着の百姓家には、どこの草葺屋根にも、この防風林がつきもので、十方碧落のほか何ものも見えない平野にあっては、時折、気ちがいのようにやッて来る旋風や、秩父颪の通り道のようになっている地形上、それが自然の城壁であり、またこの郷土特有の点景でもありました。

ところへ――

その悠長な音律を楽しんでいる防風林のなかへ、バラバラッと、眼色を変えた人間が八、九人馳けこんで、

「これ! ただ今この中へ、旅合羽を着た四十がらみの男が逃げこんで来たはずだが、そち達、見かけなかッたかどうじゃ」

という。

笛を持っていた男、撥を構えていた男、舞の稽古をしかけていた男、みな、一様にポカンとした顔をして、唐突な闖入者の群をしばらく眺めておりましたが、