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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

無名神

無名神

それから程なく。

夜立ちと見ゆる二挺の駕が、筑波屋をあとに宵を急いで、江戸川の土手へさしかかッて来る。

「あ、駕屋さん」

うしろの一挺でこういうと、駕の内からお粂の白い顔が外をのぞいて、

「すまないが、ちょっとここで降ろしておくれ」

「なにか、忘れ物でございますか」

「少し、思い出した用があってね……。私は、すぐにまた戻ってくるから、おお、すじ向うに居酒屋があるらしい、あそこでしばらく休んでいておくれでないか」

「ヘエ? ここで、お待ち致しているんですか」

「病人は、駕の中へ残しておいてもいいけれど、寒くないようにしてあるだろうね」

「駕蒲団を厚く入れて、こうしてございますが」

ひとりがタレを上げて中を見せますと、お粂はニッ……とうなずきました。

来の了戒の大刀に、衰えた肩をもたせかけ、膝を友禅の小蒲団にくるんで、相良金吾は昏々と眠っております。

なんという奇病――業病――かと金吾の焦れる病の謎をとくものは、お粂以外にはないでしょう。筑波屋に滞留中も、附近の医者にみてもらいましたが、所詮、病の名すらも分らない。

さっきも、駕にのるまでは、人手も借らずに乗った病人ですが、もうここまで来る間に、いつものような昏睡に落ちて、呼べどもさめるふうはなく、了戒の刀を抱いて俯向いたまま、おのれの駕の行く先も知らぬ無明の旅の