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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
灯を呼ぶ呼子笛
異とする姿ではありません。
が。
それは異とするに足らないとしても、これは異としなければならないのは、その褪紅色の被衣にくるまれた女の顔です。
川には、藍屋町の藍滓が油のように浮いて、深淵のごとき深い色をドンヨリと流しています。その川面を見おろしている女の顔をごらんなさい。
耳まで裂け上がっているくちびるは、二本の牙におさえられて、歯のあいだから血がしたたろうとしております。小鼻の両わきから青く深くえぐられた陰影は、怒れる皺のようにも見え、泣きたいような皺にも見える。青い眉は瞋恚の炎をなし、金色のひとみはあらゆる呪いを焼いているかとも思われますのに、なお額からは二本の人さし指のごとき角が被衣のかげにありありと見てとれるのです。
ここにも螢がとんでいました。
水を離れて、彼女の顔へ吹き上げられてくる螢も、その形相に近づくや、光を滅してあたりを去ります。
「……まだかしら? 乳母やのお寺は」
橋桁にもたれたまま、般若がやがてつぶやいています。
「荒川の畷から北へ四、五丁、そこの鼻寺というお寺にいると、乳母やの使いが言ったけれど、道を聞く家はないし、足はくたびれるし……こんなことなら、かごにでも乗ってくればよかった……」