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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

鶏血の秋

「気のせいか、今年は木犀の花も薬のような香いに感じる。この冬は、わしは病床につくかもしれない」

「まあ、御隠家様が、常にもないことを仰せ遊ばす。そんなことがあってよいものでございましょうか、今日は、ほんとにお顔色がよくていらっしゃいます」

「いや、それはさっき、少しばかり酒をふくんだせいじゃろう」

「いつぞや、お酒蔵の掃除の時、蔵の底からたいそう古い、苔桃の銘酒を見つけたと侍衆が珍重がっておりました。なんでしたら、その苔桃の古酒を少々持ってまいりましょうか」

「止めておこう、酒もわしには慰めにならない」

「ごもっともでございます」

「おりん、もう、秋だぞよ」

「はい……」

老人の心をなぐさめることばに窮して、おりんもついうつ向いてしまいました。

「――どうしたろうな、月江は」

遂に、千蛾の口から、いつもの嘆息が出はじめます。

「夏ではないか、まだ暑いころではなかったか、月江が屋敷に戻らぬのは。――それがいまだに帰って来ない、手を分けてさがしてみても、姿も見せぬ」

「ほんとに、どう遊ばしたのでございましょう。いつか、うまやの馬を曳きだして、久米川の辺へお遊びに出たまま、とうとうお帰りなさいませぬ」