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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

軍師の旗本

た椿事がもち上がりました。

事の次第はこうであります。

人気者の嵐粂吉が、ここ暫くの演技に、いよいよ曲独楽の技も円熟して、日ごとに見栄えがしてきた折から、その日の舞台でも、場内の見物を酔わせておりますと、突然、どこからか飛んで来た飛魚の如き短刀が一本――いや二本、三本、たしかに太夫の乳のあたりへ。

「きゃッ」

と、演技中の粂吉が、ばッたりと、床に倒れた騒動であります。

なんで見物がじっとしていられましょう。

「わ――ッ」

と、場内総立ちとなって、何が何やら分らぬなかに、御簾が下り、八間の灯がゆらめき、凄惨の気、一時にあたりを暗澹たるものとしました。

かかるなかに、押しくずれ、泣きわめく場席の其処此処で、なぐり合い、取ッ組み合いの争闘が、幾組となく行われている。

「逃がすなッ」

「こいつだこいつだ。こいつが短刀を投げた手元をたしかに見た」

「それ、逃げる」

「抑えろ、ばかッ」

「あっ」

「野郎」

いくら落着いて見ていても、だれが打ったのやら、だれが組みしかれているものやら、決して分ったものではありません。

しかしその、ごッたすッたの間に、八方筒抜けの蓆小屋の事とて、当然、逃げるべきものは遁れ、避難する見物は避難して、あとに残ったのは小屋者の男衆のみで、大山鳴動して鼠一匹のかたちがないでもない。