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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

怨霊の虫

馬と人とは、そこを、北へ北へと急ぎました。かの石神の司祭者御隠家様の屋敷とかがある高麗村とは、果たしてこんな方角なのか?

久米川の夜虹、狭山の怪し火、女影の里の迷路、染屋の逃げ水など、曠野の生んだ幻影はこの地の名物でありますが、遂に、その晩の馬と人も、逃げ水の消ゆるように果てなき野末へ影を没してしまいました。

怨霊の虫

よくひらきました――切支丹屋敷の吉野桜。

ころびばてれんの今井二官の住居のわきにも、変りざきが一本ある。寛永の何年かに邪宗門の女が斬られて、根元へ血をそそいだという中門前の枝垂れ桜は、まだ蕾が固い。

――陽気のせいでもありますまいが、お蝶はこの頃どうかしてやしないか、少し、いつものお蝶とは調子がちがう。

あの出ずきのお蝶が、ここ半月ほどは外出や買物あるきもせず、あのお化粧気ちがい、着物気ちがいのようなお洒落さんが近頃は張板を持ち出すやら、押入れの隅に冬から丸め込んであった洗濯物を整理するやら、がらりと日常の日課が変って、紫の頭巾で暗の夜を出歩く時のかの女とは、まるで別人のような娘らしさ――打って変った改心ぶりがふしぎであります。

きょうも裁板と針差とを前にして、午過ぎからせッせと縫い物に他念がありません。