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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

……誰か向うから駆けて来やがった」

「成程……だが犬じゃねえようだが」

「何処かで見たような男だぜ」

「誰か探しているんじゃねえか。ふらふらしながらこっちへ来る」

枯れ柳の蔭に身をかわして、通る男をやり過ごそうと見ていると、それは、少し度を失った様子で、眼色を変えてよろけて来たお人好しの率八でした。

四ツ目屋の新助は吃驚して、

「やっ、あいつは率八だ。オイ、率八じゃねえか。率八、率八」

呼び止める声に、駈けて来て、

「おっ……四ツ目屋の」

「叱ッ」

「オオ雲霧の兄哥もここに……」

「静かにしろッて言うのに、わからねえ奴だ、どうしたんだその態は?」

肩を叩かれてそう訊かれると、率八は、クスッと一つ肩でしゃくり上げて、遂にワッと手放しで泣き出しました。

新助と仁三は驚いたり慌てたりして、

「やいやいやい。泣く奴があるか、泣くやつが?」

こんな所へ捕手でも来られては――と四辺を見廻して、大急ぎで、率八を柳の下にしゃがみ込ませる。

「ばか野郎め。大きななりをしやがって、人の面を見る途端に、ベソをかく奴があるものか。泣いていたんじゃ話が分らねえや、一体何がどうしたんだ、ハッキリと口を利きゃアがれ」