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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

こういって、苦ッぽい笑みをかすめたのみです。

「どうじゃ、手に取って一見されては」

「そのうち、昼でも、ゆるりと拝見いたしましょう」

「左様――この暗では、奇異な装剣も、切羽の象嵌も、よく見ることはできなかろう。おう、時に万殿、何刻であろう」

今度はふいと話を更えて、望楼の欄から北斗の位置を仰ぎました。

「何せい、だいぶ更けましたな」

「もう見えてもよい時分だが……」

「え、何が?」と問いかけて、万太郎は理由のない後悔を軽くおぼえる。

「見えるであろう。吹上の奥が。――いや見えるといっても、黒い樹木と、黒い山と、そしてあとは星明りに光る流れの水が分るのみだが、やがてあの辺に見えてまいる」

再度、何がといってたずねたいところを、黙って聞いておりますと、吉宗も口をつぐんで、根気よく西北の暗を見つめています。

ふと、万太郎が顔を上げたのは、流れ星に目をひかれたのでした。しかし、吉宗は眼たたきもしません、心耳をすまして、吹上の暗と対峙している。

四半刻もたったでしょうか、そうして、二人は無言のまま、望楼の欄に手をかけていましたが、なんの別条もあらわれない。

「さて、どうしたであろうか、こんなはずはないのだが……」