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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

ぶ――んと低く掠ッて来た光の筋!

万太郎の右足が上がって、雪踏の裏でカラリッと大地へ落とされた物を見ると、それは銀磨きの丸棒に反りの打った鉢割という武器で、やはり捕物道具のひとつ。

形は小太刀に似て作りは十手と同じこの獲物を持つものは、無論、八丁堀の捕役か、奉行手先の捕方に限ったもので、

「やっ?」

と、蹴って返す万太郎。

「無礼なッ。何者だ!」

尾張中将の御曹司――徳川家の門葉六十万石の気位は、時と場所と自身の変装とを忘れしめて、投げつけられた不浄道具に、かッと、若殿らしい憤りの大喝を、袋地の隅へゆるがせました。

ですが、その怒れる声の張合いもなく、向うの気配はシーンとして、ただ氷の如く張りつめる殺気と人の動きだけが観てとれる。

露か、氷柱が光るのかと、闇に見えたのは十手の数――それもようよう万太郎の目に、微かながら読めてきました。

しかしながら万太郎には、不浄役人に陣を以て待たれる理由は毛頭ない。

「――人違いであろう」

早くも察したので胸をなだめて、早足に露地の口へ引っ返して来ると、表通りから馳け込んで来た男の影が、

「オオ、万太郎様で」

と、出会いがしらにバッタリと、膝を折って足元へうずくまりました。